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ビクター少年民謡会誕生までのみちのり

“時期は昭和三十四年の早春、梅もちらほらとほころび始めた頃、築地のビクタースタジオで朝から民謡研究会の稽古が行われておりました。

この日に限って子供連れの親御さん達が多かったようです。ビクターへ行けば有名なアーティストに会えるとでも思ったのでしょう。スタジオのあちこちを珍しそうに見物していた子供さん達ももうみるものを見つくして、手もちぶさたから親御さん達と一緒に民謡を唄い始めました。ソプラノの澄んだ子供さん達の民謡コーラスが、親御さん達の唄をバックにすばらしい演奏効果を発揮したのです偶然の時と場所で、得がたいものを発見したのです。

コーラスの一大盲点である、子供達による、少年コーラス団このアイデアはさっそく文芸部門の企画として取りあげられました。善は急げとばかり、数日の準備期間をおき、前述のような子供さん達を各種の組織によびかけ、その協力のもとにスタジオテストを行ない厳重な審査の結果、種々条件にかなった子供さん達が選出されました”

引用・ビクターミュージックブックMBK-5006 


いよいよデビュー

ビクター少年民謡会の初舞台は、昭和34年6月の浅草国際劇場。「和田弘とマヒナ・スターズ・ショウ」の前座で出演。これがデビューとなる。デビュー後は民謡ファンの間で話題となり、彼らの活躍はレコードのみならず、全国各地のステージ、映画にも及ぶ。 



デビューに関連する記事


同年にデビューした歌手・アーティスト

4月、ザ・ピーナッツ
7月、水原弘
10月、こまどり姉妹、坂本九
11月、井上ひろし

参考・ https://sweetsoilmusic.com/1959-hit-songs-japanese-music/#toc2</p>


池田「岡部君、マイク・テストのときのお話しおぼえていますか」

岡部「ひにちは忘れましたけど、民謡の先生のお弟子さんたちが、ビクターでテストをしたときに、いまお休みしている正ちゃん(注ー変声期で休んでいる広瀬一声君のこと)や林さんと一緒についてきたの。そうしたら、ほかのお弟子さんたちがおもしろがって、歌え歌えっていうの、一人じゃはずかしいから正ちゃんや林さんの順番に歌ったの。それで、マイクの前で歌うの初めてだものだから、ブルブルふるえちゃったの」

司会「それから・・・・・・どうしました」

岡部「そうしたら、会社の先生がたが、こどもの民謡っておもしろいから、会社でやってみなさいっていわれたの」”

引用・少年民謡お国自慢

こうしてビクター少年民謡会は誕生した。

初代メンバーの変遷

初代

※この4人に加えて菊地章も在籍していた。

初代中期


初代後期


少女雑誌『ひとみ』1961年に掲載された初代後期メンバーの取材記事



1962年発売のLPアルバムボックス「ビクター少年民謡全集」の冊子に掲載されている、少年民謡会メンバーの写真の一部。


後に他のレコード会社から登場した子供民謡グループ

ビクター少年民謡会のデビュー後、他社からも子供だけによる民謡グループが登場する。

・コロムビア少年民謡隊(コロムビア)
・キング三橋少年民謡隊(キング)
・ポリドール民謡少年隊(ポリドール)
・東芝民謡かっぱ会(東芝)
・クラウン子供民謡合唱団(クラウン)


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